日が落ちて、辺りが薄暗くなった頃、次女がリビングの、テラスに通じる開けっ放しの窓の側に、静かに仰向けに横たわった。
「涼しい風にあたって、心がきれいになる気がする」
と言うので、私も彼女の横に仰向けに寝、手をつないでいろいろとおしゃべりした。

私は自分が子供の頃の話をした。ちょうど小学校2年生くらいのときのこと。

私の生まれ育った場所は、今では都心に近い超新興住宅地で、商業施設その他なんでもありのところなのだが、当時は山で、駅すらなかった。

近くに田んぼがあって、夏はかえるの声が、すごくうるさかった。
れんげ畑で花を摘んでいたら、ヘビが出てきてびっくりした。
養鶏場があって、母はそこを「コッコのおばさん」と呼んでいて、よく卵を買いに行かされた。
竹やぶの林があって、夏の朝に歩くと気持ちがよかった。バトミントンを持っていって、そこでするのが好きだった。
山を下る途中に、実に素晴らしい果樹園があって、私はそこが、世の中で最も美しい場所だと感じていた。

などなど。

「スーパーマーケットはなかったの?」

坂を下りたところに、小さな食料品店があった。みんな、「下の店」と呼んでいた。
農家のおばさんたちが、野菜を売りにやってきて、母は彼女たちから野菜を買っていた。中でも、唖のおばさんがいて、母は彼女を贔屓にしていた。ときどき家に上げて、お茶などを振舞っていた。(彼女の持ってくる野菜は、実は新鮮じゃなかったのだが。←ここは次女には言っていない)

「おともだちはいたの?」

6年間、ずっと仲のよかった友達がいた。しょっちゅうお互いの家を行き来していた。彼女にはお姉さんとお兄さんがいて、お兄さんは重度の脳性麻痺だった。赤ちゃんがそのまま大きくなったような感じだった。しゃべることは出来なかったけれど、私たちが側で遊んでいると、嬉しそうだった。
でも、友達が、ある日、
「お母さんとお父さんが死んだら、お兄ちゃんはどうなっちゃうんだろう?私とお姉ちゃんがお世話するのかな…」と、つぶやいた。
そして、
「わたしのお兄ちゃんのこと、誰にも言わないでね」
と、言った。私は、6年間、もちろん誰にも言わなかった。彼女はお姉さんと同じ私立の中学へ進学したので、その後は会うことはなかった。彼女のお兄さんは、19歳のとき、肺炎で亡くなった。

しばらくずっと黙って、仰向けのまま、涼しい風に吹かれていた。
そして次女が、「2回泣いた」と、言った。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

この日記について

日記内を検索