ディケンズの「骨董屋」を読み進めがら、刑事の忠叔父さん&小説家の父親に見守られつつ、未知の人々に出会い、未知の体験をしていく、高校生の男の子、オーちゃんの成長物語。

ストーリーの後半は正直、取ってつけたような、身も蓋もないような展開だ。
でも、オーちゃんの内面の描き方が優れていて、オーちゃんの物事に対する見方や、思考の過程には納得させられることが多かった。これって、あたしの精神状態が思春期なせい?

そして、個人的に忘れることのないであろう本となった。

なぜなら。
私は、文庫本は主に電車での移動中に読むわけだが。

ある日、新宿へ行くために渋谷からJRに乗り、この本に没頭していると、すぐ目の前から、聞き覚えのある声がしてきて、ふと顔を上げると、知り合いのご婦人がいた。久しぶりだったので、驚きとともに再会を喜びつつ、世間話をし始めたのだが、物語世界に浸かっていた私はなかなか現実世界に戻れず、共通の知人の名前が、出てこないのだった。すると彼女は、
「大江健三郎の本にのめり込んでいたんだもん、しょうがないわよ」
と、真面目な顔でおっしゃった。
大江本をむき出しで読むことが急に恥ずかしくなった私は(まるで女子高生だね)、その日、ブックカバーを買って、この本に着せてやった。
先週亡くなったのは、彼女のご主人だ。

そして。
この主人公オーちゃんは成城学園に住んでいて、たびたび小田急線に乗る。母が入院していたとき、私は成城学園にも止まる小田急線の急行に乗り、病院へ通った。車中でページをめぐりながら、現実と物語がシンクロして、めまいを感じた。

物語とともに、実際に私の心と身体も移動する、風変わりな読書体験であった。



ずっと私は、大江健三郎に対してはニュートラルな気持ちしか抱いていなかったのだが、おととし、パレスチナの知の巨人、故エドワード・サイードのドキュメンタリー映画の上映会に行ったら、大江の講演があり、サイードへの理解と親しみが深く感じられ、それ以来ちょっとした好感を持っている。

あさって、私はこの本を、友人Nに返す。さよならだね。

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