上野のお寺で、祖母の23回忌の法要があった。
叔父(母の弟)一家と、母、父、私たち家族が集まった。
とても若いときに未亡人になった祖母は、ずっと夫を想い続け、お墓参りを欠かさなかった。
「戦争で写真は全部焼けてしまったけど、私はちゃんと覚えているの。色が白くて、鼻がすぅーっと通っていて、ハンサムで、とても優しい人だった」
50年間、そう言い続け、お墓を守った。
そしてその祖母が亡くなって、最愛の旦那さまと同じお墓に入って、もう、23年。
本堂でお経を聞きながら、23年前のお葬式を思い出した。
あのとき、生まれて始めての、正真正銘の、本物の悲しさを味わった。悲しくて悲しくてたまらなかった。
「おばあちゃん、これでやっと、おじいちゃんにまた会えるね」
そう思うと、ますます悲しさが募ったのだった。
そんなことに思いを馳せながら、始めて法要に出席する娘二人を従えて、私はお焼香をした。娘たちも神妙な面持ちで、私のまねをした。
僧侶の方のお話も、しみじみと心に沁みてゆくものだった。
カトリックの洗礼を受けた娘たちにとって、仏教の儀式は新鮮だったと思う。
「私は、教会で聞くお話より、今日お寺で聞いた話の方が、好きだなぁ」
と、次女が言った。
「でも、根本では、同じこと言っていると思うよ」
と、長女が言った。
お昼は、梅川亭で頂いた。上野の桜を見下ろす大きな窓のある個室で、気持ちのよい会食だった。久しぶりに会った、私よりずっと年の若い従兄弟ふたりは、立派で賢いイケメンの青年に育っていた。
私と叔父は、祖母に関する思い出をたくさん話した。叔父は、眼鏡の向こうで、涙をぽろぽろこぼした。
そのあと、私たち家族は、旧岩崎邸庭園を訪ねた。
祖母は、嫁ぎ先が格上だったせいで、岩崎邸の別邸で一時期お手伝いをしてから嫁いだという話を叔父から聞いたので(昔はお嫁に行くのに、こういう手順を踏まなければならないケースがあったというのも興味深い)、なんとなく親近感を感じながら、立派なお屋敷やお庭を散策した。
叔父(母の弟)一家と、母、父、私たち家族が集まった。
とても若いときに未亡人になった祖母は、ずっと夫を想い続け、お墓参りを欠かさなかった。
「戦争で写真は全部焼けてしまったけど、私はちゃんと覚えているの。色が白くて、鼻がすぅーっと通っていて、ハンサムで、とても優しい人だった」
50年間、そう言い続け、お墓を守った。
そしてその祖母が亡くなって、最愛の旦那さまと同じお墓に入って、もう、23年。
本堂でお経を聞きながら、23年前のお葬式を思い出した。
あのとき、生まれて始めての、正真正銘の、本物の悲しさを味わった。悲しくて悲しくてたまらなかった。
「おばあちゃん、これでやっと、おじいちゃんにまた会えるね」
そう思うと、ますます悲しさが募ったのだった。
そんなことに思いを馳せながら、始めて法要に出席する娘二人を従えて、私はお焼香をした。娘たちも神妙な面持ちで、私のまねをした。
僧侶の方のお話も、しみじみと心に沁みてゆくものだった。
カトリックの洗礼を受けた娘たちにとって、仏教の儀式は新鮮だったと思う。
「私は、教会で聞くお話より、今日お寺で聞いた話の方が、好きだなぁ」
と、次女が言った。
「でも、根本では、同じこと言っていると思うよ」
と、長女が言った。
お昼は、梅川亭で頂いた。上野の桜を見下ろす大きな窓のある個室で、気持ちのよい会食だった。久しぶりに会った、私よりずっと年の若い従兄弟ふたりは、立派で賢いイケメンの青年に育っていた。
私と叔父は、祖母に関する思い出をたくさん話した。叔父は、眼鏡の向こうで、涙をぽろぽろこぼした。
そのあと、私たち家族は、旧岩崎邸庭園を訪ねた。
祖母は、嫁ぎ先が格上だったせいで、岩崎邸の別邸で一時期お手伝いをしてから嫁いだという話を叔父から聞いたので(昔はお嫁に行くのに、こういう手順を踏まなければならないケースがあったというのも興味深い)、なんとなく親近感を感じながら、立派なお屋敷やお庭を散策した。
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